お賃金少し減ってた話

 今月の給料、減っておりました。ギャフン。
 その理由のメインは、週1回の夜勤が組織の都合で減らされたからですな。
 やっぱキツいすね、金減りますと。別に、生活苦しくなるとかじゃないんですけど、ていうか月10万でも生活はできる程度のありがたい環境ですけど、給料が減るってのは、自分の仕事の評価が下がったような気持になるのですよ。

 で、もう誰もこの場で言わないし書かないから自分で書きますけど、僕わりと役に立ってるのです。現場でもそうだし、誰もやらない仕事の敗戦処理マンとしても。行政の監査に係ってる仕事だから、だれかやらないとすげえ困るところに「じゃあテメエで」と指さされて、こっちゃ一介の勤め人だから、そりゃもうやるわけですよ。抗うことも面倒くせえ。そして僕は、できなかろうがわからなかろうが、とにかくやるんです。胃が痛くなっても、夜眠れなくってもやるんですよ。そして1年間そういう仕事やって、やっと自分のリズムをつかみ始めてた。
 つまりこの1年ちょいは、週に2回は夜勤をして、昼の勤務では料理を作りつつ利用者の体調管理をして、決められたあてがわれた時間については、管理業務をやってた。管理業務については特に手当が出ることはなかったけど、こっちも別に自信もってやってるわけではなかったし、それについてはいずれ評価されたらいいと思ってる。僕の収入で同僚に差があるところは、資格手当と夜勤手当です。ゴミみたいな基本給に各種手当が加わって、やっと人並みのお給料頂いておりました。まあ3年目の職員としては、そんなもんな気がしてた。

 ところがですね、5月からその夜勤を、完全に組織の都合で週1回にされました。
 夜勤てのは心身に負担だから手当を出そう、という発想なわけで、無くなれば手当が消えて給料全体が減るのは当たり前の話ではあるのですが、僕の給料から月1万以上突然減るのは痛い。金銭的にでなく、「俺が減らしたくて減らしたわけでないのに減る」というのが精神的にくるわけです。
 なので素直に、5月からのシフトが始まる前に「金減るのキツいっす」と上司に伝えたところ「その辺は大丈夫、なんとかする」と言ってもらったのですが、今月の明細みたら普通に夜勤分減ってました。

 5月の夜勤を減らされて、僕の仕事がどうなったのかというと、①現在の施設の現業、②施設の管理業務に加えて③外部のヘルパー業務を入れられたのでした。もうほんまにね、俺だけ掃き溜めみたいになってる。そして、③の業務は組織の給料とは別に少しだけお金を頂けるので、その分が夜勤減った分を補填してくれる予定だったそうな。
 確かに別の明細でお金もらえたけど、それでも全然先月より減ってた。
 俺が嫌になって仕事投げ出したら、今の組織は結構困る案件抱えてるはずなんだけどもな。そちら側の都合で仕事の内容変えられて、その上給料減ってたら「俺の仕事とは何なのか」という気持ちになるのです。働くに当たって、別に金なんてなんでもいいと思ってたし、今も思ってるはずだけど、やっぱ点じゃなく線で生活しておりますので、この組織においては『こう』というのもあるし、前後や周囲と比較しちゃうんですな。
 単純に金だけでいえば、週に3回夜勤入って同じような仕事をループしてれば心身は楽だし、今より全然給料もいいはずなんですよ。基本給じゃなくて、手当の話になっちゃいますが。僕が望んだわけではない敗戦処理みたいな仕事は、ちゃんと取り組んですぐに誰かに引き継げるくらいマニュアルもできあがりつつある。給料減らされるような仕事はやってないつもりなんですよ。
 金の話なんだけど、金じゃないんですよ。俺はとりあえず頑張ったんだから、そちらの都合で減らした夜勤手当分くらいサービスしてくれよ、と思ってしまうわけです。

 上司に確認したら「来月からなんとかする」とまた言ってたので、来月のお給料が楽しみです。前くらいもらえてたらお寿司でも食べよう。回ってるやつ。 
 

ゲームを楽しめないことが悪いことかどうかわからない

 最近ね、1年越しにダークソウル3起動してもう一回プレイしてみたんですけども、僕もうだめですね。全然楽しくないの。ダークソウル3ってゲームはどうやらすげえ難易度の高いゲームで、僕それを知らず「なんか有名だから」って理由で新品で発売直後に買ったわけですよ。そしたらまあ、ガンガン死んで嫌になってすぐやめてたんですわ。
 ゲーマーの人だったら、ゲーマーていうかゲームが好きでありさえすれば、上昇するためにダメだったところを修正しながら前に進むわけでしょ。僕はもう、それが全然楽しくない人間なのですよ。上昇する気持ちはあるんだけど、殺された時のストレスに耐えられない。ゴミ野郎です。ダークソウルっていうのは、いわゆる「ポーズ」が存在しないから休憩ポイントがないんですね。装備変更中も道具チェック中も、ずっと世界が動いている状態で、視界はキャラクターの前方しかない。
 そして当然、難易度高いんだから、後ろから剣持ったガイコツが現れてサクサク刺してくるわけです。僕はそれに「あああああ!!!!」って声出してびっくりします。しかもね、難易度高いから、結構なザコ敵であっても、3,4回サクサクされたら死ぬんです。ちょっと豪勢な鎧とか剣持ってるガイコツさんなんか、1回半くらいで死にます。
 『アクションなんだからガードとか緊急回避とかしろよ馬鹿かよ虫かよ虫だったなお前はな』と有用な情報をいただきました(脳内に)。ガードもあるし、パリイという攻撃を弾く行動もあり、前転で緊急回避することもできるし、エストといういわゆるひとつのポーションを初期には3つ持っております。でも死にます。盾ガードはダメージを割合カットな上にガードストップあるし、パリイはタイミングシビアだし、前転緊急回避はゲージで管理せんとあかんし、エストは全回復でない上にぐびぐび飲んでるところも普通に攻撃される。あと暴発もすげえ多い。1回半サクサクで殺してくるガイコツさんの目の前でぐびぐび飲むのは半分以上自殺志望です。

 で、まあわかる。すっごい緊張感なんですよ。いつからどっからでも、一瞬で殺される。自分のミスでも殺されるし、システム的に不可避っぽい殺され方も多い。繰り返していくと、確かに対処できるようになって、少しずつ前には進めるんです。これを求めてこのシリーズプレイしている人がいることはすっごいわかるんですけど、すごい緊張してプレイした挙句、同じところで同じガイコツさんに同じような殺され方をすると、『俺はこんなことを求めているわけじゃない』とコントローラーぶん投げたくなるんですな。
 考えてみれば俺、ゲームで「少しずつうまくなる」みたいなことが達成できた記憶がない。RPGみたいに少しずつ前に進めることは楽しんでできる。やりたいことは作業なのな。ドキドキハラハラじゃないんだわ。

 このゲームていうかPS4を購入したときは「苦手なものにちゃんと向かい合って克服したら、何か自分の欠陥が一つなくなるのでは」という気持ちで、どっちかというとセラピーや自己啓発のつもりでゲームを初めていた。もちろん『楽しくなるだろうな』という気持ちもあった。が、始めてみると、ゲームっていうのはすでに人を選ぶハードな趣味になってることや、自分がゲームを楽しむために人格が成熟してないことがよくわかった。耐え難い。ゲームはつらい。
 そもそもやらなくていいもんなんだから、やりたいものだけやったらいい話かもしれません。でもね、俺の人生山ほど積み残した課題に、『ゲーム』ってあんじゃねえかと思うんですね。少なくとも、今見つけた、明らかに自分の特性によってできないことの一つなのよな。選びたいもんだけ、やりたいことだけゲームの中でも選ってきてきて、金と時間をかけた割に、熱を持って話せることが何もない。「それで俺の人生よかったのか?」という結論が自分の中でまだ出せないわけです。
 まあそもそも俺の人生に良かったとこなんかなんもないわけですが。ギャフン。

 だって、他にやりたいものがないんですよ。悲しいかな。
 仕事やってたらほかにやりたいことなんか何もない。できることだけ、必要なことだけと考えていたら、今の俺に何もなかった。そういう脳の開発をしてこなかった。それに危機感もなかった。さらに「別にそれでもいい」と思うことすらできなかった。
 ただPS4は買ってよかった本当。ゲームをやるという選択肢が出てきたことに加えて、DVD再生とストリーミング試聴、Spotifyで本体代の元は十分に元取れた。Plus加入で割安でプレイできるゲームもたくさんあるし。PCでできていたことであっても、別のデバイスが必要ないという理由にはならんですね。タブレットも近いうち買ってみよう。

 そんなわけで、ダークソウル、クリアしたいと思ってますけど超楽しくないです。

正直であるということがよくわからない

 このブログを実際に読んだ方とお話しした経験がある。つまりまあ、本名の僕ではなく、その場に「八木」として存在してお話ししたことがある。なんじゃそりゃ。
 その方は目の前にいる自分が八木という超絶偽名であるにも関わらず「正直に書いてる感じします」とおっしゃった(確か本名も名乗ったと思うが)。それを聞いて僕は、どう返事するのがベストなのか迷った記憶がある。

 僕は「こう思った」ということについて、もしかしたら正直に書いているのかもしれないけど、変な話が「俺はこう思ったぞ!」ということをライブ感を込めて書くことに関して少し長けているだけなのかもしれない、とも思うわけです。だって、所詮文章ですやんか。僕のこの文章が技術どうこうとかいう気はもちろんありませんが、多分専門家に分析させれば、理屈で分解しきってABCABBAの並びのみでできている、みたいなことを書くことは可能だと思うわけですよ。こんなクソ文章感覚的にゲロゲロ吐き出すのみではありますが、理屈で分解しきれば、模倣することは誰にでもできる。僕の文章はきっと、ABCABBAの繰り返しでできていて、まあそれがもしかすると僕という個人をそのまま映写してるように見えてるのだと思うわけです。だからこう、『正直』というよりも解像度の高低じゃないかと思った。ていうかまあ、あの場での『正直』って表現自体『解像度』を表してたのかもしれんがな。
 ちなみに本来書きたいことと全然違ってる。
 僕は、確かにいわゆる『正直』な表現をしているかもしれないと思う点があるのと同時に、『ただ嘘をつかない』ってことだけを忠実に守りながら、本名の僕をいったん八木とかいう名前ですげえ調子よく映写してるのよな。書きたくないことは絶対書かないし、嘘は『誠実でありたい』みたいなクソな方針でもなんでもなくて、ただただ嘘を重ねる面倒くささを嫌って書かないだけなのです。
 そして、結果的に、僕が今生きている態勢ってもんが「言いたくないことは絶対に言わないし、必要があれば慎重に嘘をつくし嘘を重ねる覚悟はあるけど、興味の薄いことについては面倒くさいので嘘をつかない」というものになってる。嘘をついてない範囲というものは、単純に興味がないので、そこに使うカロリーが惜しいだけなのよな。

 『だれもがきっとそうなんだろう』と分かっていても、言いたくないことを作ってしまうことや、触れられたくないことに触れられたときに顔を赤くして腹を立ててしまうことがあるので、自分はまったく自分のことを正直だと思えないわけです。そして多分、僕はそれが人よりも多い。だって、いつも他人と世間話をするときに困ってるから。
 僕は多分、NGが多いってことを意識せず人にたくさん押し付けてしまっているから、人と何気ない会話をするときに相手から緊張を感じるのよな。多分、考えすぎではないと思う。もう、そういう雰囲気が出てしまってるのだと思う。いつも思うけど、僕の言葉や行動に、他人がまったく存在してないのよ。僕が『正直に』話すこと以外、相手は僕について知ることがない。また、とっかかりもない。すると、何も話すことがなくなる。話すことがずっと途切れている。
 中にはいますやんか。とにかく人に話しかけられやすい人って。「よう、何してん」と後ろから背中叩きたくなるような人。逆に、僕が(おそらく)与えてしまっている緊張感を一切気にしないタイプの人もおるな。そういう人こそ本当の正直な人なのだと思う。こんな僕が話しかけたくなる、話すことに困っても自然に埋めてくれるような人。埋めなくても気にならない人とかな。
 緊張を与えてるっていうか、俺が緊張してるだけかもしれんな。

 まあ大体の人ってさ、自分の姿を映写するときに、正直さの境界を超絶微調整してるとは思うのよな。ここに神経質になればなるほど、人に緊張を与えていると思う。
 あのー、痛車ってあるじゃないすか。僕、あれやる人すげえあこがれるんです。自分にないものを感じる。
 僕、アニメから遠のいて久しいですけど、本当にムチャクチャ好きな美少女アニメがあって、車にカッティングシート貼り付けたいくらいだったとしても、それを人に見られることを考えると踏みとどまってしまう。自分に家族がいたら、よくつるむ友人がいたら、今後出会う異性を乗せるとしたら、カスタムのお金は、車の本体代は。もしかしたら「理解できない趣味」て要素が混ざってややこしくなってるかもしれないけど、『調整する必要がないほど愛がある』ってことにも、『調整した結果痛車にカスタムする』ってことにもあこがれる。格好いいと思う。
 
 もう一つ、今現在の正直さの調整である「(面倒なので)興味のないことにはひたすら嘘をつかない」ということについても、最近不自由を感じることが多い。本来、社会的に調整するべきポイントがあったとしても、僕は著しく社会的でないために、見逃して馬鹿正直にぶっ放すことが多いのだ。
 「別に口止めされてないし」「こいつにとって関係ないっしょ」と思っていたら、わりと言ってはいけないことだったということが最近多い。特に「誰々が何々を言っていた」ということについては、自分に責任がなく口止めもされてないから、自分の興味外の箱にまとめて放り込まれ、ふとした会話の流れで口から洩れる。興味がないことに配慮するって超絶面倒くせえ。そもそも『面倒くせえから嘘をつかない』って態勢にしてんのにさ。自分でも本当にタチ悪いと思う。何かしら脳の障害を疑うくらい、異様にその辺が面倒くさい。
 僕には話題がないし、言う方が自然な内容であり、興味もない内容だったら話すよ何でも。お願いだから俺に大事な話を口止めせずに言わないでほしい。

 正直でありたいし正直が面倒くさくない。嘘はつきたくないけど言いたくないことは山ほどある。そんで大体のことには興味がないし、俺が興味なくて社会的に興味の高いものが多すぎる。正直であろうとしても面倒くさくなるなんて、とにかく社会は俺を快適に生かしてくれる要素がない。面倒くさくて死にたくなるのは当然やろがボケ。

仕事で元気を奪われ下書き捨てまくってますの話

 書くこと山ほどあるんですはい。
 でも「これ書いたって仕方がないなあ」ってことばっかなんですよ。『例えば』つっても書いたって仕方がないんだから書く気がおきないわけで。仕事ですわ仕事。仕事の愚痴というか。
 どうせならこの愚痴の切迫感・ダイナミズムを食らっていただきたい、と思うのですが、その壮大さというか根の深さというか、結局って問題って一本道じゃないじゃないですか。今「じゃない」が重複したのに反省してますけど。僕はそういう、ある程度の根をできるだけ骨だけ抜いて書くタイプの人間ではあるのですが、これはもう僕のバイオリズム次第なんですね。
 つまり「仕事で面倒くせえことが起こる」→「イライラして元気がなくなる」→「ブログに書く元気もない」→「書くことだけ貯まる」というスパイラルに陥ってます。「これをどう書こうか」と迷って手が止まる時間がつらくてしんどい。「こんなことをしている余裕はない、寝たい」となる。

 「こうすればわかりやすくなるな」とかも思うわけですよ。伝えるために。
 例えばエクセルの図形表記やフローチャート使って、「今僕はこういう状態にあって非常につらいですギャフン」という記事を、始まりから終わりまで完全に見えている状態でパソコンに向かうことがある。別にそういう、僕が僕自身や世の中に恨み言を吐くという内容でなくとも、「こういう内容って需要あんじゃね?」とか思いついて、その記事の構成がドカンと出てくることもあるわけです。そこで、僕にスケベ心があって、真剣に準備をしてブログを宣伝して、もっと自分のキャラも粉飾すれば、プロブロガーの真似事を始めるという人生もありだったのかもしれない、とか考えたりもする。2chのまとめブログでもいいし。
 でもやっぱり、俺全然やりたくないのな。金だけ欲しい。思いつかなきゃ書けないし、元気がなくても書けない。内容より、書きたさをごまかすことが、ブログを書くことのメインになってると思った。病めるときも健やかなときも、同じ温度でコンテンツを産める気がまったくしない。僕の身にこうして定着するものの奇跡が起こる気がしない。人同士のつながりですらこんだけ気迫なのに。こんだけ必要に迫られてても、家族すら「できるだけ俺に都合よく存在してほしい」と思ってしまう。他人はもちろんな。
 こんだけ生きてきて、わかってるのに、「俺に都合よくない世界」というものに時々耐えられなくなる。そして毎日耐えている。『当たり前だ馬鹿』と言われるだろうが。

 多分、「自分の考えが余すことなく表現できる世界」だったら、この世の誰もがクリエイターだわな。そこには、音楽とか映像とか、その時のトレンドで競争率高くなるのかもしれんが。何書いてるんだろうか俺は。

 じゃあ仕事のこと書きまーす。

 もう下書き捨てまくったから「もしかしたら過去に書いたかも」という気分なんだけども、今月来月、職場で重要なポストの人やアスファルトにすりつぶされた犬のクソみたいなゴミ人間まで、合計6人が退職します。それに伴って、僕のポストがまた変更、通常1種類の仕事をしてればよい職場で合計4種類のまったく別の仕事を少しずつやらされることになりました。
 これを意訳すると「俺より無能な人が非常に多いので割を食らっている」てことでよいかもしれません。僕は決して僕の有能をここで言いたいわけでなくて、仕事の内容が変わったことを喜んでいるわけではなくて、「俺はこんなゴミみたいな職場で何やってんだ」という気持ちで焦りとイライラ、新たな仕事が並行して開始される5月と6月に強い緊張を与えられていて、全体的に「死にてえ」となっているということです。もっと書くべきことはあるが。山ほどあるが。もう「死ね」か「死にたい」しか出てこないな。
 慣れてきた仕事を中途半端なところで強制的に変更され、少しずつ1年かけてカスタムしたルーティンをまた自分で一から積み上げないといけなくなる。このストレスで死ぬ。そのイライラが伝わらない。俺に関しては特にそうなんだけど、俺が今生きて労働してるってことは金じゃないのよなボケが。少なくとも月1、2万の上乗せで軽減できるストレスじゃないのな。俺の苦労の結晶がこの1年の成果であって、このルーティンだったのよな。職場の環境にも貢献できてたと思うし。

 「いや、こんだけ仕事の種類増えたら、どれかできなくなっても知らないっすよ」とヘラヘラしつつ切れながら言ったら「おう、まあそんくらい力抜いてやってくれていいよ」と言われた。その日に転職サイトにプロフィール登録した。まー、3年やれば、必要な資格は取得できる。そのときに気持ちが変わらなければ転職するのではなかろうか。

母親から2万の財布をもらって心を蝕まれたの話

 「俺を膣から取り出した」でおなじみの女がいる(母)。

 息子がバリバリ30を超えて「超仕事行きたくねえ、人生長すぎて吐く、死にてえ」とブログやツイッターでのたまっているとはまさか思わんだろうが、僕が不登校になった現場にも一応その女が近くで見ていたりしたので、息子の社会に対する適性については薄々感づいているだろうか。よくまあめげずに俺を育ててきたもんである。
 僕は中流家庭に育ったわけだが、僕の母親の母親、つまり「俺の母親を膣から取り出した」で絶賛売り出し中の女(祖母)は、医者の嫁であり土地持ちであるために、わりかし苦労なく育ってきている。

 ところで去年の10月あたり、「俺の母親をこっぴどく抱いた」というキャッチコピーでこの世を闊歩していた男(父)が完全に死んだ。死ぬ4年前から、僕は敗戦処理のようなことに駆り出されることがしばしばあったのだが、母親としては離婚していたために、息子が元旦那のことでバタバタとしているのが申し訳ないんだかどうだか、いろいろ思うところがあったらしい。
 父親敗戦処理の作業が、この4月にやっとこさ蹴りがついたので、「記念に買ってきた」と、母から僕にプレゼントをくれた。これを書くのはなかなか勇気がいるのだが、正直プレゼントをされるということ自体全然必要のない行為だと思ってるので、何をもらってもそれほど興味が持てなかった。プレゼントってのは、『喜ばないと』という義務感と実際の喜びとのギャップが生まれすぎないようにすることや、社会性が一瞬で描く演技プランを瞬間的に調整する作業を必要とする(まあそれが人間として自然な姿なわけだしな)。友人や恋人なら「パチン」とスイッチが入るもんではあるが、身内、それも母親となると照れやそれまでの関係性も加わって、演技プランもかなり抑えめなものにならざるをえないし、それだって『悪いな』という気持ちが生まれたり、相当面倒くさい。『母親からのプレゼント』ってのはまあそういうものなのだ。

 渡されて中身を確認すると、ポール・スミスの財布だった。
 ポール・スミスってブランドがどこに出しても恥ずかしくないブランドだってのはわかる。素直に、大げさでもなく感想を言い、「ありがとう、使うわ」とトーン低めにお礼を言った。お礼を言えるようになったというのは自分の年齢を感じる。まあ、実際に今使ってる財布の使用はやめて、これに変えるつもりだったし。
 家に帰って、まったく別件でショッピングサイトをうろうろしている時に、偶然ポールスミスの鞄を見る機会があり、少し魔がさして母親のくれた財布がいくらのものだったのかを確認してみた。すると、ポール・スミスの二つ折りの財布は大体20000円弱で、15000円を切るものが存在しないことがすぐわかって僕はすぐにページを閉じた。どういう気持ちだったかというと、「悪いことした」という罪悪感の塊だった。次に、「どうして悪いと思わなきゃならんのか」という怒りに近い気持ちもあった。
 ざわついた心について考えながら、焦って財布の中身を新しいポール・スミスの財布に入れ替えた。新しい財布なので革が固く、クレジットカードは入れるのも出すのも少し苦労した。

 まあ僕がこの世でスーハー呼吸するだけでさ、どっかの誰かに2万円くらい損させてるのだとは思うが、イメージできないところに金を使ってもらってることよりも、俺の財布に2万円誰かの金を使わせるのは、とりあえず超勿体ないと感じてしまうのです。別に、母親だからってわけでもなくて、誰からもらってもそうだと思う。正直、嫌な気持ちのほうが強かった。『自分に使ったりしろよ』と思った。どう書けばいいのだろうな、この気持ち。
 俺がさほど必要としていないところに、2万円使わせているという重圧がよくわからんのですよ。贈り物されなれてないとつくづく思う。俺が2万の財布持ったところで、この世に何の影響もないぜ。だって俺は、自分の財布がどこのブランドとか意識して生きたことなんかなかったんやからさ。お金は意味のある使い方をしてほしいと思った。俺の財布に使われる2万って、意味がなさすぎる。でも、2万の財布を渡されたら今後使わなきゃだめだし、『もらった瞬間は、義務だろうが母親だろうが、もっと大げさに喜ぶべきだったのか?2万使った甲斐がなかったのでは?』とその時の自分のあるべき姿について考えた。この作業も鬱陶しかった。

 感覚の違いで、大したことではないのか。
 なんで「使わせた」という罪悪感をこんだけ感じるのだろうか。もはや嬉しさはない。
 これを考えること、言うことってのはアリなのかナシなのかもわからん。

 俺なんかね、午後の紅茶ストレート2本とかおごってくれたらすごいうれしい。そのくらいで別にいいのです。2000円くらいの奢りは心も痛まなくて素直に喜べる。実感もないしな。まだ整理できてないけど、とりあえず2万は多分、自分にとって「明らかに痛みのある金額」なんだろな。