社会的脱走ワゴン

大阪在住、元不登校が学校通ったり就職活動して一人SMの日々。

カーネーション - Velvet Velvet 
Velvet Velvet (初回限定盤)(DVD付)Velvet Velvet (初回限定盤)(DVD付)
(2009/11/25)
カーネーション

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一昨日手に入れ、今日ようやく一回聴いた。今も聴きつつ。
一回聴いたくらいで印象が固まるもんでもないが、とりあえず今思っていること。
アルバムを聞く以前には、YouTubeに挙がっている「Velvet Velvet」のPVは拝んでいた。これが、曲単体としては「ジェイソン」の「そうきますか」っていう膝を打つような感覚もなく、少し反応に困る曲だったのが正直な所だ。

リード曲二曲に、ストリングスを取り入れた名バラード「Willow In Space」、終盤3曲のポップとソウルとロックの熱さ、ハードロックも歌謡もあり、間違いなくこれはカーネーションの音楽だ。だが、聴き終えて「アルバムである必然」みたいなものをあまり感じなかった。

このアルバムは、2人になって初めてのアルバムだ。
3人になって初めてのアルバム「Living/Loving」は3人の必然性が強く打ち鳴らされたアルバムだったと思う。ロックバンドとして最低限のギタートリオにボーカルを兼ねて、それでもカーネーションである必然を残せた、すごくいいアルバムだった。
ただ、3ピースのロックバンドとしてやれることは、形としてある程度決まってしまう部分もあると思う。そして決まった立ち位置から指を動かし、肩を動かし、足を一歩二歩踏み出しながら、「Super Zoo!」、「Wild Fantasy」ときてカーネーションの表現は、どんどんふくよかさを増していった。
僕は、リアルタイムでは「Super Zoo!」からという新参も新参であるが、遡って聴き返すに、思い入れ排除ならば、時系列とともに破壊と構築に成功して進化を続ける、非常に稀なバンドだと思っている。
サイケだったりサザン・ロックだったり、帯びる音楽性の根はあまり変わらないのに、アルバムとして似た印象のものは無い。今に至るまで、そうだった。
それがもう、結成して25年だって言うのだから驚くほかない。

聴き終えて思ったのは、5人編成、3人編成、2人編成の現在にかけて制作した楽曲をランダムに放り込んだようなアルバムだと思った。各曲は相変わらずの良作佳作なのに、どこか「このアルバムに入ってこそ」って気がしない。敢えて言えば「2人組になってはじめてのアルバムならば」とは思う。
実際にそうなんだから、直枝さんの煽り文通り「このアルバムがカーネーションの新たなる金字塔」と言うのは間違いない。カーネーションはこのアルバムで再スタートを切ったからわけだから。
一番重要なのは、各時代を彷彿とした数々のこのアルバムの楽曲は、現在のカーネーションが作っているということ。さらに、アルバムには「現在のカーネーション」の必然性しか存在しないような楽曲も散りばめられ、それをありありと感じることが出来る。これは成功していると思う。
どんな体制だろうが、僕のような一音楽好きが何時代のどのバンドを彷彿としようが、今のカーネーションが作るものは「カーネーション」として固まることの証明だろう。
好き勝手やった結果のアルバムなのだ。

そう思って一曲目「Velvet Velvet」を今もう一度聴いてみると、この曲はカーネーションの今を表す希望の曲として聴こえる。この曲は紛れも無く、現在のカーネーションが必然をもって打ち鳴らすべき楽曲だ。「ジェイソン」もそうだし、「田園通信」もそんな感じだ。というかまぁ、どれもそうか。
「遠い空 響く声」はこの曲がラストでなきゃこのアルバムは締まらなかった気がする。楽曲に心酔しつつも、ポイントとなる中盤のシングル曲とこの曲があって、アルバムとしての形を保ったような印象を残した。この曲も、名曲。

僕の中で、アルバムとして熟するのはもう少し時間がかかりそうですが、12月11日のシャングリラまでもっと聴き込んでいこうと考えております。
キーボードも入れて「Songbook」や「Dream is over」を演奏して欲しいですな。いい曲だぜ。


カーネーション - Velvet Velvet


[ 2009/11/27 23:42 ] 音楽 | TB(0) | CM(1)
ハンバーグ再認識さん 
先日のこと、サイゼリヤに行った。なんと知り合いと。
そう、みなさんガッカリされるでしょうが、僕にはなんと、知り合いがいるのです。これ、秘密ですよ。
なんと、知り合っているので、会話とかしちゃいますよ。
さらになんと、人です。犬やお人形さんじゃないです。
もっと言えば、日本人です。トルコやモーリタニアに、知り合いはいません。

で、その知り合いにブログの存在を知られないために、こうしてタイムラグを発生させてから記事を書いてるのだから、知り合いの意味を見失いそうになる。
いや、これはお互いのためなのだ。
今からその人に対して文句書くわけじゃないし。ブログってそういうもんだろう。日記というのは、ケツ毛わっさりの肛門拓みたいなもんだ。オナニー日記なのだ。
どういうエロDVDを所持しているかは積極的に話すことが出来るが、どこに披露する当てもなく家でギターの運指をピロピロと練習しているのを見られるのはめっさ恥ずかしい。どうだい。ええ。別に。

まったく書こうとしてたことと違いますけど、女の人って腋を見せるのを嫌がるようですね。
僕は腋に対して一切フェチを感じない人間なのですが、だからこそ事故的に、昔、知り合いの女の人(20歳弱)に真っ直ぐ目を見ながら「腋を見せてくれ」と言ったことがあるのを思い出した。そらあもう電光石火で断られたし、その視線は羽虫を見るものに近くなっていたような気がする。
今思うと、彼女の中で僕は、名実ともに大変態に見えていたのだろうな。
で、救えないことに、本当に一切エロさを感じないもんだから、未だにどの程度デリカシーに欠けることを自分で言ってしまったのかよくわかってない。しくじったなー。せめて、

「ぐへへへ…お嬢さん、ぼ、ぼ、僕に腋を見せてくれないかなぁ?」

と気持ち悪さを強調して頼んでみるべきだった。
思うに、僕が部屋で行うギターの練習や、風呂上りに素っ裸でタップダンス的なステップを踏む姿などを見られるのに近い恥ずかしさがあるのかもしれない。油断しきってる部分、てことで。

で、話を戻すと、サイゼリヤだ。
サイゼリヤといわず、ファミリーレストランに久しぶりに入った。
体質が引き篭もりなので、あぁいう人の会話や喧騒が伝わってくるような開けた場所で長時間座ってるのは苦手なのだが、単純に、飯がすごく旨かったのだ。飯がすごく旨かったので、ファミリーレストランがオールオッケーになった。
食ったのは日替わりのランチで、鶏のグリルとハンバーグ。600円。ややや安い。
ハンバーグ食ってこの値段って、食い物に金を出さん僕でもわかる。安い。
鶏のほうは、「焼いた」って感じはあまりしないが、適当に弾力があり、ナイフを入れると鳥のスープと脂がだーっと出てくる。脂臭さは一切無く、塩味が効いていて、ご飯がものすごくすすんだ。

ファミリーレストランといえば「ハンバーグ」ってイメージがあるのだが、よく考えたら僕はファミレスでハンバーグ食ったこと数えるほどしかない。サイゼリヤに来る時は大体ペペロンチーノ頼んでたし、その他のファミレスなんか、最後に行ったのはいつか思い出せない。
遥か昔父親がシャキっとしていた頃に、時々ファミレスに連れて行ってもらった。しかしそのたんびに頼んでいたのはステーキであった。父親は「こういう場所では肉(ステーキ)を食え」とよく言ってたためである。
僕としてもステーキに対して「苦しゅうない」といった思いを抱いていたので、満足してステーキを食らっていた。今も「ステーキ > ハンバーグ」というイメージは根強く持っている。

ハンバーグは、家で食うものだった。しかし、家のハンバーグはあんまり旨かった記憶が無い。
旨かった記憶が無いながらにも、ハンバーグは「うまいもの」とカテゴライズされていた。これは、例えば同じ肉類のおかずとして「最低得点の唐揚げ」と「最低得点のハンバーグ」を比べた時に、子供ながらハンバーグ側に抜群の安定感を感じていたからだと思う。
時折外部から流入してくるマクドのハンバーガーなども原因の一つだろう。

サイゼリヤで食うハンバーグは、なんかいいようが無く旨かった。あのソースはどういうことなんだろうか。デミグラスですか。デミですか。僕は、おろしぽん酢とかも好きなのですが。
ハンバーグの最低得点ってどんなのか。そんなに旨かった記憶の無い「家ハンバーグ」はどんなもんだったんだろう。底が知れないぜ、ハンバーグ。

ハンバーグって、旨い食い物だ。何だ、この発見は。
あんまりハンバーグハンバーグ言ってると物凄く馬鹿みたいだ。26歳です。

ハンバーグが食いたい。上手いこと鶏も焼きたい。
少なくとも最低得点じゃない肉を味わわせてくれるファミレスに、時々行きたい。
僕とファミレスで握手だ。ハンバーグ食いながら。


[ 2009/11/26 21:56 ] 考え事 | TB(0) | CM(0)
腐日 
朝起きて燃えないゴミをまとめて、ゴミ置き場に出した。
今日は学校が昼からなので、のんびりと朝飯を食おうと、冷凍の飯を取り出してあっためる。その間にインスタントの味噌汁を作り、ずるずるすする。
一口、ご飯を口に入れると違和感が走った。
あまり味がしないというか、視界がぼやけるというか。米も卵もキムチも好きなのに、色んな感覚が虚ろになっている。この違和感は、もう何度も体験したことで、僕は「あぁ、そうか」と思った。
不登校真っ最中とかに感じていた、あの感覚だ。

味のしないご飯を無理やり口に押し込んで、箸を置いた。

「気分が復活するように」

と思いながら、出なければならないギリギリの時間に目覚ましをかけ、もう一度布団に潜る。
もう何度も味わってるのに、この気分と戦って学校に行かなければならないこと、行かなかったら行かなかったで自己嫌悪になることを想像して、胸糞が悪くなる。膝を抱えて、目をつぶり、何かに恨み言を唱えた。気分が悪い。気分が悪いのは、どうしてだろう。

目覚ましが鳴ったことを、僕は確かに確認した。
直後の記憶は無い。多分止めて、もう一度寝たのだと思う。

起きた時間は正午をとっくに越えていた。4限には間に合うが、行く気は毛頭ない。
この瞬間、僕は体中に鉄を埋められたような感覚になる。この感覚は、僕は14、15の頃、私立の立派な中学を無断で休み、駅の待合室で何時間も座っていた自分と同じものだ。僕は、中学生になる。
ため息ついても、頭抱えてもどうにもならん。

「こんな俺は、俺じゃない」
「もっと本当は…」

目を覆うように右手で米神を押さえるが、涙も出ない。
そんな大げさなことじゃないのは自分でも判っているが、あの気分の時はどうしようもない。
寝起きの自分の顔は己の脂でぬるっとしていた。
考えてはいけないことをたくさん考えてしまう。

少しずつリアルになってきて、なんもかも投げ出したい。器の小さい僕は、気分が簡単に溢れそうになる。溢れそうになると、怖い。面倒くさい。
終わりはいつだ。俺、ちゃんと生活していけるのか。

一日部屋から出なかったが、開き直って曲紹介の動画を2本作った。

が、動画を貼ると、腐った一日の烙印を押すような気分になるので明日にでも貼ることにしよう。

もう少し頑張りましょう。


[ 2009/11/25 23:48 ] 不登校 | TB(0) | CM(0)
電車の景色が変わったり戻ったり 
音楽プレイヤーを失った(→)とついこの間書き、それは真実なのだが、もう一つ僕はそれ以前に購入したメモリーオーディオを別に持っていて、そいつは普通に使えたりする。実際、使用している。

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(2005/01/28)
シーグランド

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これなんですけど。でっかいよー。ぶあついよー。(あ、以前書いたな、こういう記事も)
そもそもSiren Vを購入するに至ったのは、こいつの至らなさが原因でありまして。

買った当初の電池の持ちが6時間前後でした。発売当初の2005年はどうだったか知らんが、多分短いですわ。元々バッテリーの弱さに定評があります。
酷使しまくった現在は、約3時間強です。3時間だぜ。短いにも程がある。
特に僕は、ラジオ音声をこのプレイヤーで聴いたりするのだが、例えば2時間のラジオだと丸丸2本は聞けないということです。本当に。「プツ」っていって電源落ちます。
さらに充電直後ならまだしも、ある程度使用してからの(つっても1,2時間な)電源のON/OFFなど厳禁である。すぐバッテリーが上がってしまう。スタートダッシュで卒倒しやがるのだ。
曲の送りも駄目。例えば二曲目の演奏中に七曲目を選択してリスタートすれば、シークにバッテリーを食われて、その勢いで電源が落ちる可能性がある。曲の早送り、巻き戻しも厳禁。音声ファイルの開始位置をシークするのにバッテリーを消耗するから。とにかく「シーク」はいけない奴なのだ。ノー・モア・シークなのです。

つまりどういうことかというと。

僕は通学に片道約1時間ちょい要します。
行きの電車からフルで聴いて、授業中は当然電源を落とします。
授業を終えて、言葉巧みに昼飯時を優雅に一人で過ごす際や、お気に入りの洋式便器に腰掛けてぼんやりする際に電源を入れると、まず立ち上がってくれる確率が80%ほどです。
で、立ち上がって数十分聴けたとします。帰りは100%立ち上がりません。100%です。
100%とは絶対であり、0%でもあるということです。宇宙的な話ですね。

Siren Vが臨終になった現在「mp3聴きたきゃ、行きと帰り、どっちか選びな」と2人のスケバンに交際を迫られているような状況が毎日やってきているのです。もしかしたら例えとしては失敗しているかもしれませんが、まぁそういうことです。「あとシークとかしてんじゃねえよ」と木刀を突きつけられているわけです。

よって、最近は電車で文庫本を読んだり、文庫本を忘れた時は全くなにもせず、両手ブラリで口から舌と涎を垂らしながらただ座っていることが多いです。
景色を眺めたり、他の乗客の話を盗み聞きしたり。手のシワをじっと眺めているときもあります。
多くの人がそうするように、携帯電話を手に取りそうになったり、手に取ったりします。

うまく言えないのですが、ぼんやりすることがあるラインを突破すると

「すげえ!電車、めっちゃ速いやん!」

とか小学生くらいの思考に入ることがあります。「いろんな人、おるなぁ!」「楽しい!」とか。

不便であることが実は不便じゃなかったり、千回見た景色が彩度やコントラストを変えて飛び込んでくるところを見ると、僕の日々の苦しみはなんだったんだろうかと思うときがあります。
何かこう、角度だったり、捉え方だったり。「当たり前」って思ってたら損する。
かと言って片っ端から唾吐いていったら口渇くしねぇ。

今度のメモリーオーディオは、Siren Vより信頼できそうなメーカーのを購入します。
四の五の言ってられないので、とりあえず安いやつ。壊れるのもまた良しだ。
やっぱ良くないけど。3年持てよ3年。


空気公団 - 夕暮れ電車に飛び乗れ

何年か前、この曲をぼんやり聴きながら電車に乗っていたことを思い出した。
実際由縁は無いにも関わらず、駅や景色とともに「どうやらここで俺は麒麟のラジオのMDを聴いていたな」とか「スキャットマン・ジョンを聴いていたな」とか、下手したら「この場所で俺は、とんねるずの木梨が好きだといっていたあいつのことを思い出していたな」とか思い出す。
だから何ってもんじゃないのだが、ただ覚えているだけのことを思い出と称して良いなら、僕にも多く思い出は存在するのだなぁと思った。


[ 2009/11/24 22:42 ] 学校 | TB(0) | CM(0)
明日は休みじゃないよ 
明日学校かー。

先週は就活とサボリと家族行事で、あまり行けなかった(ここに『サボリ』と一つ書き込んでしまうだけで、何だか全部サボったような気がしてくるのは何故だろう)。あまり行けなかったので、当然あまり行った記憶がない。オマケに、家族行事で潰れたとは言え、土日月と3連休だった。
記憶がないと、もう明日学校へ行かなきゃならんことが信じられなくなる。
嫌だ。学校。面倒くさい。怖い。
寝転がっていたい。今日も明日も明後日も。

あー。やるしかないんだけど。毎週毎週俺は懲りないねぇ。
ちょっと、掃除が出来たことが良かった感じがする。ものを捨てるのは気持ちがいい。
風呂も入れたし。

家族行事とは、法事であった。
やはり僕にはありがたみが分からない。坊主もお経も仏さんも。
ただ、間違っても墓石を蹴り倒すことは出来ないし、肺にたっぷりと吸い込む羽目になった線香と焼香の煙の臭いは、嗅いでいて悪い気がしなかった。日本人だからか、僕が心のどこかで神や仏を信じているのか、それはよくわからん。
古めかしい建物と、もっともらしい言葉と格好を持つ坊主の向こうには、日本的な歴史を感じた。
いい加減死者を悼む気持ちは薄れているが、こういう形式美ってのも悪くはない。
神妙になるのも悪くない。

まだまだ問題は山積みだ。
その中で、出来ることだけやっていくだけだ。とりあえず眠い。明日を乗り切れ。あと色々。

行事を終えてからBoatの動画を2本作成した。まぁこんだけ動かないのに、「動画って」て自分でも思うが、それはもうなぁ。むにゃむにゃ。じゃあどう呼べばいいのだ。うん。
歌詞の量にもよるが、大体2時間で一本作れる。一本はインストだったし。
これを誰が求めてる、とかそういうの考えない。


Boat - 雲番人Bと釣人A

[ 「Circle Sound」は削除しました ]

(追記)
今回ぼんやりしてて曲チョイスをミスった。
邦楽ならば「誰もが上げようとしない曲」をコンセプトに曲をアップするつもりで始めたのに、久々「RORO」を聴いてたら「このアルバムを認知させるためには『Circle Sound』しかないんじゃないか」という気分になり、動画検索で既に存在するか否かを怠って、まず動画を作り始めてしまった。
「Circle Sound」はCD音質の静止動画と、非CD音質のPVが両方上がっていた。
一応僕のは、歌詞を手打ちした動画を制作したのだが、この曲に関しちゃ歌詞重要じゃない(と少なくとも僕は思っている)。雰囲気もんだ。
てことで削除した。


[ 2009/11/23 21:26 ] 日常 | TB(0) | CM(0)