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 大きな声を聴くと怖くなる。当たり前かもしれんが。
 恐怖の対象が広すぎるというか、なんというか、ストレス耐性が弱いというか。
 引き続き大き目のダウンで、消しゴムを落としても大声を出して泣きそうになる。

 自分はヤンキーとか、気の触れた系のおっさんとか、明らかに自分を攻撃する意思を持ったものを目の前にすると、ものすごく怖くなる。時々、目に入る悪に対して「対処しなければその人も悪」という論調があるが、僕は完全に悪の範疇である。誰かを殴って止めることは一生しないだろう。仮に嫁や子供を持ったとして、自分の命と引き換えに何かを守ろうという気になると思えない。言動行動で威圧して、その場を支配しようとする人や、そういう思考に対して、理屈というものが全く無力であることはわかっている。
 具体的に、暴力を面前にしたとき、手が震える。マンガのように震える。暴力っていうか、圧力である。プレッシャー。プレッシャーにとにかく弱い。本番に弱い。アドリブが聞かない。プレッシャーによってかかるストレスに弱すぎる。
 ストレスに弱くて、手足が震えるのは、ストレスにさらされていないから、俺の人生においてストレスを避けてきたから、他の皆さまが人生を人として過ごすことができるのに対し、自分はストレスに弱いため、このように何もできないのだ、と思うことがある。もっともっとストレスにさらされなければならないのではないか。そういうプレッシャーが常にあって、この結果時々このような大き目のダウンに落ちることがある。
 どうも僕は、自分の人生で、サボりにサボった結果このような体質を手にしたとは思えないからだ。
 思えない、といっても結局この体で生きるしかないので「もう少しストレスに強くなる」ということを目的にしていろいろ行動する。もう何年になるかわからんが。しょうもないのだが、今やってる格闘ゲームだって、そういうものの一環なのだ。「ふさわしき状況で練習した行動を適切に出す」ということを、比較的リスクなく反復できるわけだしな。

 確かに、自分を何度もストレスフルな状況に投げ出すことで、その場に限り慣れを得ていくことはあった。
 でも、よく言われる「あの時に比べれば今なんて」という経験は今のところない。辛い状況はずっと辛い。去年あったようなことでも、今年もう一度起こるなら、それは今年の嫌なことであるので、手足が震える。「震えるだろうな」と思って落ち込む。
 「いつかは慣れていく」と自分の言い聞かせ、誰かからも教えられ、ずっと自分をだまし続けて生きているけど、こういう生き方が心底辛い。「辛い」と思ってやめたくなる。こういう落ち込みを迎えるたびに「まだ続くのか、この人生は」「もう死ぬしかないやないか」と考えてしまう。
 段々、自分は今後何に対して落ち込むのか、その対処をいずれしなければならないことや、「いつか起こる何か」みたいなものに対しても落ち込む。落ち込みを思い浮かべてさらに落ち込む。ずっと消えないからだ。消えたこともないし。「もう大丈夫」がずっとない。20年くらいない。本当につらい。何もしたくない。

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