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今月山場越えました

 今週は金にもならんしやりたくもない仕事が、金にならん時間に放り込まれていたために、「今週がある」ということを思うと今月頭からずっと気が重かった。今月の中盤には仕事としての旅行も入っていて、これまた気が重かった。まとめると、今月とてもしんどかった。それだけである。
 「数日ブログから離れてたんだし」「こんだけ疲れてたんだから何か書くことがあるだろう」と思ってとりあえず書き出してみたけども、今月相当に気が病んでいて、まだそれらのことを書くような言葉に整理できないのでした。

 僕は本当に今月追い込まれていて、特に「仕事時間じゃないとき」に駆り出されて出かけるときの心境がやばかった。そこにきて、僕は多分休むのがへたくそで、空いた時間に何かしようとしてしまうわけです。読書とかゲームとか映画とか。「崩さなければならない課題の山」は常にあって、また常にないと不安にもなって、その割に、「これだけやっていれば安心・幸せ」というものがない。無理やり言えば、何か食うことくらい。
 5月中に、ずいぶん前に注文したCDが9枚一気に届いた。でも、CDをインポートして垂れ流す元気もない。いくつかは聴いたけど、なかなか身が入らない。これだって癒しになるもんではなかった。

 僕はとにかく、自覚をしていかないと、全部のことを適当にして、自分への跳ね返りを作り出せない人間なのです。もしくは、自分の身につけるのに、異様に時間がかかる。やりたくないことが多すぎる。楽しくないことが多すぎる。楽して楽しもうとしすぎる。楽しくないことに対しても、なんとなくできてしまう悪い器用さがある。考えて実行しないので、理屈がまったく理解できてない。
 だから、大体のことに、ちゃんと取り組んで、とにかくこの生きづらさを一つずつ解決していこうと決意してみると、その「ちゃんと」をどのくらいの温度でどのくらい継続していいかがわからなくなって、ものすごく疲れる。これで合っているのかどうかもわからんし。
 今月は、そういう「疲れた・気が重い」という自分をどのくらい尊重して、ただただこの時間を生き伸ばすのか、に苦しめられていた。最大限に尊重すれば、自殺か退職しかないのだが、そうならないために自分を変えるわけで、わずかに生まれた余裕にギチギチと課題を詰め込んで行動するうちに、今日、一応今月の一通りの関門が終了して、家で倒れてた。

 このね、「倒れてた」ってのもさ、本当に倒れてくれたらいいのに、と思う。意識失うとか、血吐いて寝込むとか。動きたくないという意識がありつつ、ちゃんと家着に着替えて、音楽を垂れ流して、読みかけの本をパラパラしながらベッドで寝転んでるわけです。その後寝落ちするときだけ、意識がなくなった。
 いつか本当に立っている最中に意識失ってくれないと、俺の今月のこの辛さが嘘になってしまう気がする。

 CDや映画の感想やゲームの感想や最近読んだ株の本の感想とか、文字にしておきたい気持ちがあるのに、どうしてもそういう元気がない。仕事始まってからは特にそうだけど、今年からはさらに去年の半分くらいの元気になっている。もうちょっとうまくやりたい。


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