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から揚げを食うまでの遠い道

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 たまに市内に行くことがあると、外食をするのが楽しみである。写真は、今日まさに行ってきた、日本橋の有名定食屋「ポミエ」のから揚げ定食800円。800円を迷いなく支払えるということは、俺はさては収入があるようである(奇跡)。ボリュームに定評がある店で、カツ丼が有名なのですが、トンカツ苦手マン(ヒレカツ得意マン)なのでから揚げ定食にしました。ていうか、今日起きた瞬間からから揚げを食べようと思ってたので、から揚げ定食にしました。「僕はいつから揚げに飽きるのだろうか」と思っていましたが、30を超えてさらにから揚げが好きになってきてます。もう身を任せようと思います。
 そして、「外で飯を食う」ということを決めているときに、つくづく「他人と一緒でなくてよかった」と思います。と、いうのは、ものすごく迷うからです。
 食事ってのは、多くの場合に一日3回しかチャンスがない。2回になる日もザラにある。そういう、貴重な一回を外食するとなると、「この1回を外したくない」と願うのは自然というものです。僕は多分この「外したくない」という願いが人以上に強いと思います。だから迷うわけです。そして別に、あたりを引きまくってるわけでもないです。人付き合いを避けて、とにかく一人で街をうろうろしていると、そういう自然な行動が、より他人との流れに合わせるということを忘れる原因になってる気がした。

 僕は、朝起きてからすぐ「今日は休みの上に出かけるので昼は外食にしよう、唐揚げにしよう」と考えました。しかし、僕はそもそも店をよく知らんから、どこに行くってことを想定できない。数少ない知っている店であっても「もう一度行って同じものを食う」ということはほぼしないのです。チェーン店でもない限りは。僕にとって「外したくない昼食」であるのと同時に、「店を知る機会」でもあるので、そこに行った経験を得るために、知らない店に入りたいとも強く考えます。そうして、前回出かけたときに「行ったことはないが、ポミエにはから揚げ定食がある」ということを確認済みだったので、「ポミエでから揚げ定食だ」と決めました。
 実際に、小用を済ませて店を選ぶタイミングになると、あれほど具体的に決めていた予定が、簡単に揺れ動くのです。意思が弱いっつったらそれまでですけど、「外したくない」が強すぎて「もっと良い選択肢」についてゾンビのようにいつまでも考えてしまうのです。
 例えば、通り過ぎたパン屋で塩パンを見かけて「一旦これを挟んでも、食欲に影響しないのでは」とか考えて振り切ったり、ポミエに辿り着くまでに「とり天定食」を見かけて揺れ、「チキンカツ丼(ワンコイン)」に揺れ、回転ずしの割引に揺れ、別の店のから揚げ定食に揺れ、ささみカツ丼大盛無料に揺れ、ときりがなかった。実際に店を覗いたり、立ち止まって考えたりもしてる。
 「揚げ物」「鶏肉」「コストパフォーマンス」等という要所を一定満たしていれば『もっとよい選択肢があるのでは?』という呪いのような考えからどうしても抜け出せない。別に、これ、食べ物に限った話じゃないんだけど。僕に関する、僕あるあるですな。逆に、適当に決めていることって、もしかしたら僕にとって本当はどうでもよいことなのかもしれない。いや、その逆なのか。僕にとって1000円弱の食事ってのは、「もったいない」という基本的な考えがあるからこそ、ベストを選びたいという思いが強くなるのかもしれない。

 たまたま、出発地点からポミエってのが遠く、歩く距離もなかなかだったから誘惑が多かったんだけど、じゃあこれが近くにあったら問題なかったのかというとそういうわけでもない。近すぎたら「もっと遠くに正解があったのかもしれない」という呪いがある。
 もし付き添いがいれば「あいつ何をやっているのだろう」って話だ。『付き添いがいたら』って仮定だったら、その場で適当に決めるくらいの社会性はある。実際、会社勤めをしているときにランチに付き合うと、食いたくもない親子丼やお好み焼き、それこそから揚げ定食だって頼んで食ってきた。そして、他人に合わせて少し急いで食べ、それでも少し遅れながら食べ終わって吐きそうになり、「なんじゃこの食事」「なんじゃこの850円は」と思っていた。

 今日のところは、本当に奇跡的に、迷いつつも当初の目的通りの店に辿り着いて、定食を食った。大盛がプラス100円だったけど、並で十分っていうか、少し多いくらいだった。から揚げも美味しかったし、最高でした。

 と、同時に、こういう迷いの多さと、「初めから想定したことを、過程に影響されずに行う」ということの自分にとっての難しさを強く感じたのでした。

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