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 去年からキャリア半年強の僕をグループホーム管理者の一人として、名目上担ぎ上げられることになった。が、まあそれは本当に名目上で、一応バックアップする管理者が別にいて、僕がやることと言えば、全員年上の他職員のご機嫌伺いと、逸した仕事を後周り先回りで動いてフォローしたりすることです。ちなみに、そのために時間割いて行動したとしても無給です。「責任者」の肩書を押し付けられることで、タダ働きの雑用にからめとられたということですな。つまり責任者としての肩書には何の価値もないってことでもあるな。
 それに関してなにも思わないでもなかったが、「ほかにやる人がおらん」のだからどうしようもないのだ。なんていうか、純粋ではない奉仕精神というか「どうせ俺がやったら終わりなんやろう」「いつかそれをわかりやすい形で評価せんかたら殺す」という苛立ちを募らせることでなんとか乗り切っていたというわけです。実際、ボーナスの調整金は一応最大いただけたんだけど、「んなもんで積み重なった残業分が解消されるかバカタレ」という気持ちです。

 と、いうところで6月からその本当の責任者さんが退きました。「退いた」ってのは、体調不良で休み始めました。もともと去年末から体調悪くて、ちょくちょく休んでいたのは聴いていたのですが、正式に休職してます。特にその人が何をしていたというわけでもないんですが、今のところ完全に、手助けをいただけない状態で仕事をしているため、通常業務に加えて書類作成や雑用や気遣いをする範囲が少し広まって、毎日完全に疲れています。
 僕はわりと文句あったら言う方なので、ちょくちょく文句もいうのですが、「無い袖は振れない」ってだけの話で、大体あきらめてます。まあ限界くればすげえ荒らして辞めればいいや、と思ってるのですけども、こういう発想を持ってしまう人間ってどうかなあと思うのでやるだけやってます。
 業種が障害福祉ってことで、いろいろと特殊な点があるのですが、僕は、人が働く以上「通常の職場」としてあるべき姿を目指さない、外れることを容認する、ということは「ナシ」だと考えていまして、その点が上司とかみ合いません。今この世の中ではLGBTに理解を示すことが当然とされているじゃないですか。要するに、マイノリティを認める、多様性を認める、そして社会を強くする・向上するって考え方。社会福祉法人には、「一般人以上に理解を示すことの使命感」に毒されている人が大勢いたり、「それをしないことに対する嫌悪感」が存在するために、まあそこそこ狂った職場環境なわけですよ。
 「カネカネ言うやつは職員としてなってない」みたいなな。いやいや、給料50万の奴が60万に上げてくれ、つってるわけじゃない。嫁と子供がいて手取り16万の人間が働いている現場なのにな。

 責任者という肩書を擦り付けられてから、時々この僕の持つ一般的感覚と、強要される倫理観とがあんまりかみ合ってない気がした。倫理感てまったく信用できないもんだと思ってるし、今生きている人の気持ちが優先されるってことに利用者も職員もあんまり差はないと思うんだけど、そうでない部分で否定されて、端的にイラつくことが多い。
 「このくらいまでいけば人はイラつく」ということは、相手を教育する意味でも必要で自然な反応だと思うし、相手がそれを理解していなくても、それを理由に抑え込む必要はないと思う。僕らの仕事は、それを金で抑え込む義務が発生しているから、当然抑えてコントロールする。その限界だって人それぞれである。一律にやる必要はないし、そもそも不可能だ。多様性を認める目標があるのに、一律の倫理観で人の自然な行動を、特に職員の要求をないがしろにしているような気がした。

 2年目っていうことで、今年の夏終わりくらいから新たな資格の勉強を始めたり、将来を見越した資産運用を始めたり、父親関係・派生して祖母関係のケアや雑用も延々とやっているというところに、こういう仕事に関する労働時間やら内容やらのイライラがちょっとずつ募っている。ということで落ち込んで大体死にたくなってます。

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