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いつかやってくるお休み

 継続して調子悪いです。辞めるかも。
 ところで先日ボーナスをいただきました。すげえね、ボーナス。くれるんだね、俺にも。単純に、給料の上に給料以上の金が一括で渡されるってさ、「どこにそんな金があったんだよ」って思ってしまう。これが12か月分に引き延ばされたらありがたみもクソもないのかもしれんな。そう考えると、「少しずつ貯金することのメリット」って何か科学的に、金額以上のプラスを生みだしているような気がする。誰か論文書いてください。あと微々たる金額だがベースアップしたし、責任者手当もついて、月給が上がった。地味に初めての経験である。前職では昇給なんてなかったからな。
 個人型確定拠出年金の口座を作る申し込みと、給料に対して分不相応な金額の積み立ても申し込んだ。多分9月から開始になると思う。ありがたいことに、住むところは金がかからんので払える金額だが、今後も生きていかなきゃならんというプレッシャーが強くなってきている。収入を得なければならない人生になってきた、というか。
 前は、そういう「おそらく働いているであろう自分」というのが想像できなくて、いつでもどこでも投げ出して辞めて、正常な自分(働いていない自分)に戻る心構えをしていたのだが、そういうわけにはいかないってことに諦め気味になっている(困難な日本語)。明日の自分がどうなってるかわからんのに、60歳になったあとの金の保険をかけ始めるなんてな。馬鹿かと思う。でも、今32歳になって、意外とこのままぬるっと60歳になってしまってるかもしれない。この、何も状態の俺で。それを考えると、死ぬよりもつらい地獄が待っていると思った。誰の世話にも迷惑にもなりたくないのに、人以上に迷惑をかける存在になってしまう。自分が60歳になっても生きてしまっている事実を思って気が重くなる。その責任を「自分で持つ」なんてますますファンタジックな話だな。知るかよ。
 年金制度ってのは、のたれ死ぬことも許されなくなったことの証拠だな。

 そういう「俺のことなんかどうなろうが知るか」という気持ちと同時に「んなこと思ってても明日おそらく死ぬわけでもなかろうしな」という諦めが同居している状態で、以前のように勢いよく「辞めるか」という気持ちを固められないでいます。
 まあ単純に、今の職場が自分に向いているところもあるのですよ。基本単独で仕事できるし、職員同士のつながりは希薄だし。職場が家から比較的近いしさ。自分が向いている作業も結構ある。利用者さんとは適当な距離感を保っていることが、職員として悪なわけではないのもありがたい。かかわってみれば、福祉ってのは、人間に対して優しくもなく情熱的でもない人間が向いているのかもしれん。

 じゃあなんでこんだけ今落ち込んでて、辞める可能性について考えてんのかというと、単純にそういう時期だからです。前の記事で書いたような「他人に感じる人としての神々しさ」にじんわりと毒されて、自分のなってなさに嫌気がさしてきてるとか。そういうことを全部まとめて疲れてくるわけです。
 「疲れてきたし、有給でも取ろうか」ってなったとしても、有給終わりで向かう仕事のつらさも体に叩き込まれている。いつかやってくる休み、いつかやってくるその仕事を投げ出す日を常に待つ状態になる。今がその状態で、いつか特に理由もなく具体的に辞めることを考えて実行するのだと思う。それがいつになるのかはわからん。今回はどうなのか。いつまで耐えられるのか。わからん。

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