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横領が起こったよ

 仕事のことや将来のことで相変わらず暗い感じである。
 しかしまあ、今日はそういうもやもやとした不安を頑張って文字に起こすというような作業に至るまでもなく、わかりやすいトピックが最近あったので書こうと思ったのでした。「わかりやすいトピック」だからって書く意欲が湧いてくるっていうもんでもないんだけど「なんかドラマみてえだなあ」と思ったので。

 私の勤める法人で、ある部門に不正な支出があることが発覚して、一部職員による横領が明らかになりました。そして、その犯人というのが、僕がここに来てから一番始めに仲良くなって、時々はご飯なんかに出かける男性職員なのでした。
 しかもややこしいことに、法人内だけの金を不正に使い込んでいたってわけじゃなくて、他法人との共有の会計から使い込みをやっていたために、内内で処理して握りつぶすこともできず、法人の代表が対外的な処分を下さざるをえない状況になっております。「このように処分するのでどうかご勘弁を」という感じです。こういうとき「身内には甘いのな」って思われたら、法人全体の信用に関わってきますので。尊属が大勢の目撃するところで平手打ちにしないと、周囲が収まらないという状況になっておるのです。具体的にどういう処分になるかは今のところ全然わかりませんが。
 そしてこの事実というのは、全職員の知るところにもうなっておりまして、仮に穏便な処分に落ち着いたとしても、本人はどう感じるのかという話ですな。

 上に書いた通り、一番初めに仲良くなった職員だったし、多分他の職員の中では僕が一番仲良くしてもらった人であったので、なかなかきついわけですよ。そういう事実が。
 「こういう事実がある」ってことを改めて聞かされているときに、不思議とショックみたいなものはなくて、僕は初めからその人の人間性に特に期待はしていなかったのだと思った。清廉潔白な人、とかそういうイメージはなかった。でいて、仲良くすることに抵抗もなかったってのは、僕が大人になったということな気がした。単純に「今すぐ死にたい、くらいの気分だろうなあ」と心配になった。心配、するもんだね、俺みたいな人間でも。自分が「知ったこっちゃない」と言える立場ではない、ということをすぐに理解できた。
 その人と酒を飲んだ時に、ノリだけで数人分の飲み代をパンと払っちゃうようなところがあったし、その後「いいですって」とポケットに数千円ねじ込もうとしても、結構しつこく断られたりした。その上で「僕ほんまアホなんすよ」「『もう使ったらあかん』みたいな金でも、うっかり使ってまうんすよ」と嘆くようなこともあった。行動を見る限り「そうはいっても生活が成立してんだから、何とかなってるんだろ」と思ってた。大人ってそういうもんですやん。モテないと言ってる人があっさり結婚したりさ、金がないと言ったって財布に1、2万入ってたり。そう人に話せば伝わりやすく、でいて自分の欠点をわかってほしいという気持ちがあるだけなのだと思っていた。
 が、実際のところ、他人の金を使い込むくらい金使いに追い詰められていたということがわかって、自分がその人のことを何も知らなかったということがわかった。あと、そこまで知ろうとしてなかったわりに、何か知った気持ちでもあったことにショックを受けたわけですな。
 酔ったら他人の自転車蹴ったり、鬱陶しい絡みかたもする人だったし、その人のことが好きだったのかというと、怪しいものである。でもまあ、自分と話してくれるというだけで、感謝はしていた。いまだに馴染まない職員が大多数の中、その人がいれば、その人の近くに行って世間話でもすればいいのだし。だから僕もそれなりに相手の尊重を忘れていないつもりだった。そういう人が、誰が見ても明らかに追い詰められる状況になって、「この場合僕が人として行動することは何かしら」と考えて、それが面倒な気分になった。この辺がダメなところだ。

 すぐ電話でもしたほうがいい気がしたが、とりあえずラインでメッセージを送って、日を空けてからご飯でもどうかと誘ってみた。僕から他人にご飯を誘うことは相当レアなケースである。でもまあ、それがふさわしい状況な気がしたから。しかし相手は、「合わす顔がない」と断ってきた。相手の人は、とにかく誘われても誘われてなくても他人とすぐ飯に出かける人なので、断るケースも稀である。そのくらい追い詰められているということか。誘いが断られた時点で、僕が考えていたいくつかの横領ジョークは使えないくらいシリアスな状況なのがわかった。
 横領した額は、ケチな金額である。会計自体小規模だったのもあるけど、数万程度の話です。間違いなく、その人は本物の悪人じゃなくて、金に困って追い詰められて、超雑な横領をして、発覚して、追い詰められているという、浅はかに浅はかを上塗りしたような、単純明快なものでした。それがその人そのままを現していると思った。だから、今追い詰められていることで、もう相当に報いを受けたと言える気がする。それは、わざわざ人に言わんけども。

 追い詰められたのが自分じゃなくてよかったし、自分であった場合に何をしてほしいのか考えさせられたりするし、なかなかスリリングで胃が痛い数日だったのです。まだ全然、完結が見えておりません。

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