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仕事とかして生きているといろいろな元気を失うという話

 このまま永遠に何かを書くとかいう行為をしなくなりそうな予感。
 過去これを毎日書いていた、という手触りというか、記憶というか、慣れ親しんだ感覚に支配される気分でこれを書いております。このブログの存在をわすれることはないだろうし、かといって何か書こうという気分のときもある、けど、まあ、相変わらず元気がないので、しばらくは「過去書いていた」という手触りと義務感にあおられたときに、何か書いていくということにする。ていうかすでにそうなっておる、という。
 僕がもう少し心の置き場をうまく作れていたり、もう少し生きるのが器用だったら、もうちょっと今よりマシな人間になっている気がするのよな。もっと広範に、または細部に先端に、力を効率良く注ぎ込んで、医者でもミュージシャンでも工場長でもなれて、何かを書く行為もうまいことやれていたような。そういう気持ちを33歳になってまた拭えていないっていう時点で、俺という人間は心底救えない人格をしている気がする。そういう気分がずっと続いている。

 今日も今日とて元気はないんですが、非常にしょうもないことがありました。
 あんま仕事のこと書きたくないんですけど、仕事のことでございます。

 利用者さんの一人が、その人、言葉も発意もはっきりしてるんだけども、年齢に対して見た目が非常に子供っぽくて、欲望に素直すぎるところがある。簡単に、軽度な知的障害と、重度の内部障害を抱えております。例えば、金銭管理があまりできないのです。あったら使ってしまうので、金銭管理は法人でやっていて、無ければそちらに人を介して引き出してもらうようになっている。
 そんな人がPS4を持っていて、同じゲームの同じようなところを延々とプレイしてたんですよ。出会ってからずっと、同じゲームをやっている。住んでいるところにネット環境はなくて、新たにダウンロードもなにもできないし、もちろん、自分でゲームを買う金を持ち続けることもできない。別に不憫に思ったわけではないですけども、やり終えたゲームでも貸そうか、と持ち掛けてみて、貸しました。
 その人は延々とアクションゲームで、目的もなくさまよって同じゲームの同じパートをずっとプレイしていて、『そういう動きが派手で操作している感覚がはっきりするゲームしか理解できないかも』と感じていたのですが、新たな経験になればと思って、RPGを貸しました。
 手を付けてすぐ、その人は、主人公キャラが向かう目的地を見失って、「次どこ行くん?」と僕に聞いてきました。そのあと、キャラクターの関係が理解できず、「こいつは何なの?」「女?男?」と、文字を追っていれば最低でも理解できそうなことも片っ端から近くにいる僕に聞いてきました。僕はああだこうだと仕事の合間に説明して指示を出して、ゲームが前進すれば「ナイス!」とか「ええやん!」とおだてたりして、ゲームの入り口になんとか立ってもらうと頑張りました。
 当然、僕は仕事時間内であるからゲームの行方を説明できたわけで、仕事時間が終わって家に向かいながら、「あの調子じゃ多分理解できないよなあ」と予感はしていました。でもまあ、僕は、今のところこの障害福祉の仕事というものを、いろいろな経験を提供する・その環境を作る、ような仕事ではないかと考えているので、99%彼にとって楽しめない経験であっても、僕としては彼が何を楽しめないか、理解しがたいかを学ぶ機会にもなるし、彼にとっても「楽しめないゲーム」って存在を見る機会になるわけだから、どう転んだってべつにいいや、という気分でもありました(また彼は「自分はゲームの天才」と言ってはばからない人だったので、万能感をソフト削いて人格的に丸くなる手助けにもなんじゃねえか、とかも考えてた)。

 案の定翌週、「ゲーム返すわ」と連絡が入って、その翌週には実際に返してもらいました。「折れた?」と僕が聞くと、「ああ、ちゃうちゃう、全然おもんなかった」と返事してきました。
 そこで自分がちょっと落ち込んだんですけど、『お前が理解しようとしないことをゲームのせいにすんな馬鹿か』と結構腹立ってしまったのですよ。加えて、僕がそれなりに楽しんだゲームに対して、言葉を選ばず「おもんなかった」と否定することで、自分が否定されたような気分になったのでした。嘘。正確には「俺は今そうなって不快に思っているのか?」と分からなくなったのでした。

 僕、自分で嫌になるくらい、卑怯なことが嫌なんですよね。自分自身が卑怯になることは、すっげえ適当なバランス感覚だったりするのに。卑怯が嫌というより、卑怯が暴露している状況に反吐が出る。「その卑怯は直接的すぎるからケアしてくれよ」「俺のために」て思う。
 今回の場合「自分を守るためにゲームを下げて正当化した」という卑怯が暴露している状態だった。あと、そのゲームをそれなりに楽しんだ人間が目の前にいるのに「全然」をつけてまで面白さを否定している攻撃性に卑怯も感じたりする。僕はそういう状況に直面するために配置されている職業だったりするのにな。

 俺は結局、こんな職業に就いておきながら、「面白かったわあのゲーム」「貸してくれてありがとう」が欲しかっただけの乞食だったのかもしれんのですよ。悲しいですねえ。それもさ、そういう倫理的対応がほぼほぼ期待できない対象に対して、それを望んで、裏切られたら腹が立ってみて、って悲しすぎると思ったのです。
 そういうことは、別にこの仕事に就いてるからとか関係なく、自分が死んでない状態にしょっちゅう直面して、「本当に死にたい」とかよく考えてしまいます。そして、何かを書くことを見つけても、書く元気がなくなるわけですな。

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