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このところの八木

 ①全体的につらい
 毎日毎分毎秒思っているのですが、生きてるのつらい。明日がやってくるのがつらい。全部やめたくなる。今そういうモードってだけかもしれんが、何も前向きに捉えられない。それが結構長く続いている。そんな気がする。気分が暗いときというのは、そういう気持ちが晴れていたことがまったく思い出せない。自分が過去、明るい気持ちで明日を迎えたことを完全に忘れてしまうのです。そうして、僕がつらいっていうことを、自殺することくらいでしか証明できないのがまたつらい。
 ということを考えていると、自殺をするという手段を取れるか否かというのも、また才能や育ってきた環境のような気がするのよな。こんだけさ、生きてて楽しいと思えないままで、『とにかくそれでもこの場で立ち続ける』ということを選んでいると、辛さから離脱する人たちにもある種の自分にはない才能のようなものを感じるのよな。俺はまさに死にぞこないであり、生きぞこないでもあるのではないかと。なぜ生きているのか。死んでいないのか。俺は頑張って生きることを選んだ結果、やっぱり生きてみて良いことなんてろくにないんですよ。
 何度も書くけど「恋人ができたら」とか「好きな仕事に就けたら」とか「こういう才能があれば」「環境があれば」とか、そういう次元でなくて、幸せになろうとする意欲でさえも『奪われている』という感覚に支配されている場合、恋人が欲しいというよりは「恋人が欲しいと心から望める人間に生まれ変わりたい」という、もう一つ前の段階で生きているのです。映画でも現実でも、人付き合いには「人付き合いをする意思」の存在が、その陰が存在する。急に現れて、そこに永遠に存在するもんじゃない。自分には維持できない意欲が、「人たるもの当然存在する」という前提の前提の、さらに前提のように語られるこの現実で、僕はもうずっと絶望しているのです。
 そして不幸なことに、僕はそれを手にしようと「努力した」という実感があって、その結果「得られてない」という実感もあって、ならばこれは運命的に自分が手にできないのでは、という気がしています。だったらもう死ぬしかない気がする。正直、これっぽっちも生きたいと思わない。「すぐに死にたい」と書かないのは、まだ親が生きているから。
 でもまあ、生きるんだけどな。多分、まだしばらくは。
 これがわかってるから、本当に毎日つらい。

 ②父親昇天オープンリーチ
 私の父、この2か月ほど前から肺炎にかかったり戻ったりしていたが、それと関係なく嚥下機能の低下によって、いよいよ口から物が食えなくなった。と、いうことで鼻から胃へ液状の食品を流し込んで生きるという、人生ハードモードに突入しておりました。が、それによって被害が発生する前より、今度は立て続けに腎不全になっていることが判明。
 入院生活も3年半を超えて、当初より誰がどう見てもソフトに死んでいくのを待っている状態であったので、覚悟は決まっていたのだが、正真正銘の死にかけとなった。腎機能が満足に動かんということは、尿の排出による代謝が期待できないので、放っておけば毒素が回って死ぬ。一応、今使用している薬がうまく効けば、状態が落ち着くことも考えられるけど、医者から病状を説明されるにあたって「次そちらの電話にお知らせする際には、急に心停止した、というような内容であることも覚悟してください」と言われたんで、現時点で立派に死にかけているといえるな。
 そして、父のキーパーソンになってる関係で、兄と叔母にこういうときだけ自分から電話をする。僕はまあ、どこかしら感覚が狂っているので、(これまでも数度あったが)こういう内容を伝えるときに、『対外的にはどういう声質であるべきか』とか考える。焦ってる感じのほうが人間味出て向こうさんにも情を感じさせて言い訳立つかなあ、とか。あんまり盛りすぎるとわざとらしい、ていうか相手の方が鬱陶しいかもしれんなあ、とか。結局そういう構えを考える時間が面倒くさくて、「俺に今以上面倒くさい思いをさせるなよ」と純粋にイライラしたりしてました。その後普通に電話するなど。
 実際のところ僕自身は、悲しいしやるせないし面倒くさいのだが、「だからどうなるもんでもない」と思っているので、電話は単なる面倒な作業でしかないのだ。とにかく、父は近いうち死ぬだろう。「父が死んで悲しむパート」が始まって終わったら、また我に返って俺の人生が始まるだけである(そういうことを言葉にすんなって話だが)。辛いですな。辛い辛い。

 ③唯一のオールデイ休みの日が初任者研修で潰れて4週経過している
 つらい。丸ごと休みが消滅してもう4週間経過してんのか。本来休みである火曜日の朝、早起きして市内の某講習へ向かう。生徒さんらとの交流は未だ皆無で、できればもうないものにしてダラダラと終了に向かってほしいもんだが、終了は来年1月の話である。朝入室した教室で、空が陰って日が沈み「ただ家に帰る以外やることなし」という状況になったときに、じんわりと「俺の休みが終わったんだ」「これからもうしばらく、これが続くんだ」と実感した。
 今の資格を取得し終えた後は、他の資格取得のために一年がかりで講座受講して資格取得に動こうと考えてたけど、果たして俺は耐えられるのだろうか。
 と、最近、てか今も考えてはいるが、考えてみれば僕は「丸ごと休みの日」を何か有意義に使う目的があるわけでもなく、下手をすれば死んだ目でパチンコ屋に出かけて昼過ぎに嫌になって帰ってきたりする日もあったり、本当に何をする気も起きなくて、ただ座椅子に座ってキャンディクラッシュを3時間くらいやって「何をしてんだ俺は死にたい」と考えたりそんな内容を怒鳴ったりする日もあるわけで、早くこの状況に慣れて、来る資格取得の日まで感覚を殺してしまうべきかもしれない。もっと人間味をなくす。もっと何も考えない。
 何かを続けていれば、何かが変わってるかもしれない。どうなるかわからんのが人生なんだからな。

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