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私の口角がキラリ

 先日髪を切りました。失恋をしてないからです。2か月くらい切ってなかったから切りました。
 その時に、自分の油断した顔を鏡で見ることになりました。僕の油断したときの顔って、少しだけ笑ってたんですな。これだけ書いたらホラーみたいですけど。
 何が言いたいかといいますと、俺頑張って社会的になったもんであるなあ、と思ったわけです。

 僕はまあ、見た目が不気味なところのある人間ですし、ロボットみてえな感情のない動きをする人間なわけでして、そんな人間が14歳からいったん社会性を自分で捨てるところから33歳の現在まで社会性を理屈で構築してきたのですよ。
 その中で解決しなければならない大きな問題に、「(自分にとって主に苦痛でしかない)人との交流をどうやっていくのか」っていう部分に、「どういう」アプローチで解決していくのかっていうことを、結末と、その手段と、計画と実行を自分一人でやってかなきゃならんかったわけです。もう、普通の人には意味わからんこと書いてるかもしれん。
 例えば僕は、「人に話しかける苦痛」は「頑張って話す」ことで解決するのか「放っておいても話しかけられる」ことで解決するのか、話しかけられたあとは「会話を継続する苦痛」は「会話を頑張って継続する」ことで解決するのか「会話が途切れても気にしない形」で解決するのか。会話を継続する解決法の場合は「話題を増やして解決するのか」「相手の話を聞き出す方向で解決するのか」「自分を楽しくする努力で解決するのか」みたいなことですね。僕、今書いてて少し泣きそうになってきた。俺大変やな。生きるの。まじでいろいろやってきたな。俺は考えられない低い次元から社会性を積み上げたと思いました。ベースがなかったんだから。

 もちろん、上に挙げたことを並行でいろいろやってくことになるのですが、その中で自分がどうやら「話しかけにくい人間」であることが周囲を観察してわかってきたので、これを解決する方向でいろいろ考えたんですね。
 僕基本的に会話が苦手ですし、話しかけられて何かを期待されて、その期待をうかがって応えたり応えなかったりという判断を連続的に迫られると、もう、めちゃくちゃ疲れるのです。まあ『迫られる』とか書いてる時点で僕の社会性推して知るべしですけども。長く生きるうちに「話しかけられて明るく反応するスキル」を身に着けることには意識できてたんですが、「話しかけられるに至る」方面はまったく意識してませんでした。て、いうのは、特に話しかけられたくないから。詳しく言えば「話しかけられたくない人」に「話しかけられたくない」という意識のほうが勝って、全方位に話しかけられたくない気持ちに振っていたんですな。少なくとも、そういうこの世に数多ある「意識の振り方」については「面倒なところはできるだけ考えなくてよい方向にする」という方針がないと、本当息するのも疲れて動けなくなってしまうのです。

 長年生きてると、どの部分にどのくらいの意識を置くかの塩梅がある程度ルーティン化できてきて、数年前にいよいよ「話しかけられる人間でいるためのチャンネル」を意識っていうか設立しました。まあ20代中盤か後半で、まだ社会で生きるのにそういう段階なわけですけど。僕意味わからんこと書いてるかもしれません。全部脳内での話ですんで。
 で、今まで生きてて「なぜかよく話しかけられる人」ってのをよくよく考えたのですが、「雰囲気」ってのは、内面からにじみ出るもんだとしても、雰囲気を感じ取ることが可能なのは外面なわけで、自分の外面を内面とかい離しない程度にプロデュースする必要を感じました。『人と話すのが好き』『人を楽しませるのが好き』って人は話しかけられやすいじゃないですか。それは話したがってる様子が外面に出ているから。話しかけられたさが自然と出ているから。
 そして自分の顔を見た時に、猫背、下がった口角、半分になった瞼、気持ちの悪い顔と服、その上で多くの場合「放っておいてほしい」という気持ちがあって、こりゃあまりに社会的でない。俺はこのまま生きて死んで何も構わないと正直思っているのだけど、その社会的でなさに殺されそうになって今苦しんでいるのなら、自分を変えるのが一番面倒くさくない(悲しい話や)。コストの問題ですよ。
 最も安価に明日からできる対策が「目を少し開き、口角を上げる」というものでした。表情をやわらかくする。『表情をやわらかく』って言葉的になんやねん意味わからんわ馬鹿と思わなくもないですが、もうそれが世間に何を訴求するものかを考えないようにした。数年前に比べて僕は、意識して目を少し開いて、口角を少し上げる生活をしています。

 するとどうでしょう。数年経った現在、以前より話しかけられるようになりました。ギャフン。悲しいね。
 「話しかけやすい」というマニアックな人も数人出会ったことあります。ギャフン。
 まあそんな「話しかけやすい人」が、2年問題(説明省略)で身を置く社会が変わった瞬間にメールも電話も一本たりとも寄こさないということを相手が想像してたかどうかしりませんが。
 散髪屋に行った時に、美容師さんを前にした自分がもう意識もしないうちに「下がってない口角」であったことに、自分で戸惑いを感じてしまった、という話でした。気持ちは相変わらずついていってないからな。

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