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職場(仮想生物)との交流

 『だから辞めるんやボケが!』と今日トイレで一人怒鳴った勢いでこれ書いております。
 まだまだ頑張って更新してる感が抜けきらんですが、久々意識的に文章書くと、義務感に縛られてた過去が薄れて、わりと自然に文字が埋まっていく感じがしたよ。時間は大体のこと解決しますな。

 何かを投げ出す理由って、まあこれをご覧の人(がもはやおるのかどうか怪しいが)が何かをついつい投げ出した経験があるかどうかもわからんが(過程と想像が入れ子になっていてプログラム的にNG)、一つじゃないじゃないですか。ところがですね、例えばこういうところで何か書こうとする場合においても、人に何かを話す場合においても、要点が整理されていないと、話自体それをすべきでないという風潮があるじゃないですか。
 ここで、僕が仕事を辞めたいと思った理由は、遡れば入職して半年目からすでに軽いものから重いものまで浮かんでははじけて、はじけたそのカスが腐って池の底に沈んで、それが何だったか思い出せなくなったころにまた新たなものが浮かんできて、という感じになって、『辞めたさの塊が俺の腹の底にある』という感覚のみになるわけです。そして「あー辞めてー」という思いを説明するときに出してくる言葉といえば、やれ上司がクズだとか、やれ同僚がクズだとか、やれ仕事が不明瞭でストレスが多いだとか、まさに『一般的仕事嫌になっちゃう理由』でしかなくなることがまた悔しいんですな。そーじゃないんよ。オーダーメイドよ。オーダーしてないけど。どう書けばいいのよ。千差万別をわりとスッキリした言い方で書きたいよ。千差万別です。
 「現場で俺のしんどさ見ててくれ」という思いがかなわない場合は、もう書かなくていいと思って、書かなくなるというわけですな。ここで文章書くのに金なんて発生しないから、自分が得られると思った何か以上のカロリーを支払うことに耐えられん。あと、一方的であろうと、「誰かを見ながら何かを伝える」っていびつであってもコミュニケーションであって、僕はコミュニケーションに疲れやすいというわけなのでした。何の話だっけ(コミュニケーションに向かない、と書かず「疲れやすい」と書いた自分がすごく人格的に成長したと思う)。

 退職決めた理由を今日ここに書こうとしたんですよ。今上みたらそういう書き始めしてたわ。
 そんで「この点が嫌だから退職決めました」って簡単に書けるか、って今思ったのでした。

 だから何がしたかったんだっけ。

 「そうなってしまう」ともう大体取り返しつかなくなる、と言いますかね。職場にいることって、職場っていう生物とのコミュニケーションであるとも思うわけです。いつかどっかでダメになる。て書くとネガティブすぎるか。まあ俺の場合は少なくとも、成功例・成功体験がないんだから、100%バイオ職場との関係はダメになってくるんです。哺乳類全般そうだけども。
 そんな中で、今までの職場に比べると、わりとコミュニケーションとれてた。だからこそ、最長の3年3か月続けることができました。同時に、職場っていう生物はですね、こっちがサーベルで太ももザクザク刺して方向転換を促そうとしていても、足の爪につまようじ落とした程度の刺激と捉えているような場合もあれば「痛いから刺さないでほしいなあ」と思ってるだけだったりして、会話が成立しないということなのですよ(刺させてくれたってこと自体をコミュニケーションと捉えております)。

 別に「俺が方針に口を出せば職場がうまく回転する」という風に考えてるわけじゃなくて、少なくとも今の職場は、入ってから3年間以上、ずっと荒廃に突っ走ってるんです。
 そのいくつかの証拠のうちの一つが、「クソみたいな無能のベテラン」と「ドロップアウトしていく有能」と「奴隷体質・福祉バカ・クレーマー気質のパートたち」というようなゴミオブゴミ人材だと感じておって、『職員を大事にしていくのが結局仕事の結果につながるんじゃないですかね』とやんわり提言したり、自分が仕事をする中で、自分以外の人材を守っていく行動をとるようにしてたんです。 3月末ごろに、それがはっきり「上司にも同僚にも伝わってない、これからも伝わりそうにない」と確信しまして(と、いうより、伝わらないことに気付かないふりができなくなって)、退職すっぺとなった、という話なのでした。
 ぼんやりしてるね。内容がさ。
 でもさ、これは「退職に至る柱」の数本のうちの1本やからね。人が仕事辞めるって、理由なんかスッキリしてないのよ。だからもう、説得でどうにもならん。かなり立て直した結果崩れてるから、もうもとに戻らないっていう悲しさも含めての退職ではなかろうか。

 偉そうな話、結構いろんな仕事を任されていたので、僕がやめると後の職場はわりと面倒くさいことになると思います。でも「俺が辞めることで苦労しやがれ」というリベンジ感も全くない。「もう疲れました、ごめんなさい辞めます」という思いだけなのです。僕みたいな人間を雇ってくれて、金を恵んでくれて、それなりに居場所を認めてくれて、感謝の気持ちすらある。これが関係性の終わりっぽくて、とても悲しい。
 今はとにかく、「もう労働したくない」という思いでいっぱいでございます。

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